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Images at 長国寺

信州松代 真田家の菩提寺 長國寺
真田信之公の御霊屋(みたまや)。その内部まで拝観させて頂きました。
狩野探幽筆と言われる天井画は圧巻。素晴らしい体験でした。
#真田信之 #御霊屋 #長國寺 #国指定重要文化財 #重要文化財 #左甚五郎 #杮葺 #唐破風
#松代 #長野市 #信州
ブログ更新しました。
詳細はブログに 。プロフィールにURL貼って〼
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http://inmylifepart3.jugem.jp
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#真田昌幸 #真田家 #六文銭
親父の墓参りで松代。すでに秋の空
#真田信之菩提寺
長国寺
長国寺
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は国指定史跡、松代藩真田家墓所。松代藩の祖である初代真田信之から十代にわたる真田家歴代の墓所です。4枚目は初代の墓(宝篋印塔)。6枚目は真田幸村とその子、真田大助の供養碑。大正3年、十一代当主・真田幸正によって建立されたとのこと。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は国指定史跡、松代藩真田家墓所。松代藩の祖である初代真田信之から十代にわたる真田家歴代の墓所です。4枚目は初代の墓(宝篋印塔)。6枚目は真田幸村とその子、真田大助の供養碑。大正3年、十一代当主・真田幸正によって建立されたとのこと。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は真田信之霊屋(宝殿)の右側にあった、真田家四代目の真田信弘公御霊屋。建立は元文元(1736)年。方三間の宝形造り、柿葺き。長野県宝。3枚目は彫刻。初代の霊屋の彫刻に比較すると、かなり控え目ですが、説明する人によれば真田家も四代目ともなると、資金調達の面で初代程お金をかけられなかった、との事だそうです。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は真田信之霊屋(宝殿)の右側にあった、真田家四代目の真田信弘公御霊屋。建立は元文元(1736)年。方三間の宝形造り、柿葺き。長野県宝。3枚目は彫刻。初代の霊屋の彫刻に比較すると、かなり控え目ですが、説明する人によれば真田家も四代目ともなると、資金調達の面で初代程お金をかけられなかった、との事だそうです。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は初代藩主の真田信之霊屋(宝殿)。国指定重要文化財。万治3年(1660年)の建立で、建物は長国寺所有ではなく、個人所有。長国寺は重要文化財の管理団体。桁行3間、梁間4間の入母屋造り平入り、屋根は柿葺き。中の装飾も凄いらしいです。3枚目、屋根の彫刻は左甚五郎だとか。最後は木鼻の彫刻。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。これより有料拝観区域。画像は初代藩主の真田信之霊屋(宝殿)。国指定重要文化財。万治3年(1660年)の建立で、建物は長国寺所有ではなく、個人所有。長国寺は重要文化財の管理団体。桁行3間、梁間4間の入母屋造り平入り、屋根は柿葺き。中の装飾も凄いらしいです。3枚目、屋根の彫刻は左甚五郎だとか。最後は木鼻の彫刻。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。画像は長野県宝の開山堂。元来、真田幸道公のために享保12(1727)年に建てられた御霊屋。3枚目は鐘楼。4枚目は本堂の左側手前の御堂。最後は立派な地蔵尊。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。画像は長野県宝の開山堂。元来、真田幸道公のために享保12(1727)年に建てられた御霊屋。3枚目は鐘楼。4枚目は本堂の左側手前の御堂。最後は立派な地蔵尊。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。画像は本堂。御本尊は阿弥陀如来。2、3枚目は山門。4枚目は六地蔵(Rokujizo)。以下、社号標、案内図。以下、公式サイトより引用です。

天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、一族の菩提寺として松尾(現・)城内に「真田山長谷寺(しんでんざんちょうこくじ)」を建立しました。その後、永禄7(1564)年に松尾城外へと移され、本格的な禅寺として諸施設を整えました。江戸幕府が開かれると、幸隆の孫にあたる真田信之は上田藩主となりますが、元和8(1622)年の松代移封にともなって現在の場所へと移転し、寺号も「長國寺」(國は国の旧字体)と改めて、今日にいたっています。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院です。画像は本堂。御本尊は阿弥陀如来。2、3枚目は山門。4枚目は六地蔵(Rokujizo)。以下、社号標、案内図。以下、公式サイトより引用です。 天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、一族の菩提寺として松尾(現・)城内に「真田山長谷寺(しんでんざんちょうこくじ)」を建立しました。その後、永禄7(1564)年に松尾城外へと移され、本格的な禅寺として諸施設を整えました。江戸幕府が開かれると、幸隆の孫にあたる真田信之は上田藩主となりますが、元和8(1622)年の松代移封にともなって現在の場所へと移転し、寺号も「長國寺」(國は国の旧字体)と改めて、今日にいたっています。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院。画像は青空が印象的な地蔵尊。
8月5日訪問。長野県長野市松代町松代1015、曹洞宗の寺院、真田山 長国寺。真田家と関係の深い寺院。画像は青空が印象的な地蔵尊。